映画『アナと雪の女王2』の感想と解説【ディズニー】

『アナ雪2』をみたんですけど、スゴすぎたので感想を語っていくよ!

 

大葉
同時に解説もしていくよ!。

 

アナ雪2のストーリーは、「女性が精霊になるまでの神話」だけど、テーマとしては、『joker』みたいなものだなと。

 

真面目な女性が、悪に染まって、一度戻ってくるのですが、やっぱり人間を辞める話。それが『アナ雪1』と『アナ雪2』!

 

まずアナ雪1と2の本当のあらすじから語っていくよ。

 

『アナ雪1』のあらすじ

エルサは自分の力の強さにら負けてしまって、全てが嫌になる。そして、雪のモンスターになった。一度闇落ちしてしまったエルサは、アナのおかげて人間に戻ることができた。

 

人間に戻ったように見えたエルサは、やっぱり人間に戻ることはできなかったとこらから『アナ雪2』が始まる。

 

『アナ雪2』のあらすじ

一度悪の身に落ちてしまったエルサには、家族を捨ててでも、自由を求めてしまう。結局エルサは自分の非社会性や非人間性を隠すことはできなかった。

 

大葉
アナ雪って、実はこんな感じのストーリーなんですけど、みなさん分かったでしょうか?

 

どういう意味か解説していきます。

 

『アナ雪1』が、どんな話だったか

 

実は『レットイットゴー』を歌う場面で、エルサは、闇に染まっているのだ。つまり悪役(ヴィラン)になっているということ。

 

エルサが悪役になっているという証拠

 

『アナ雪』のスゴいところは、エルサが悪役になるまでの感情の動きを、『レット・イット・ゴー』という一曲の中で表現していること。

 

英語のできる人は、前から「let it go」を訳すのに「ありのままに」と訳すのはオカシイと指摘が多くあった。

 

「let it go」は、どちらかというと、ネガティブなときに使う表現で、思い悩んでいる人に「そんなの、どうでもいいじゃないか、気にすんなよ」と声をかけるときに使ったりする言葉なのだそう。

 

エルサは「もう、私も国も国民も、どうなってもいいんだ!」と歌い上げているワケだ。

 

そして日本語の歌詞で「風よー吹けー」という部分は英語で「Let the storm rage on」。訳すと、下の画像のような歌詞になる

 

 

Letは、使役動詞なので、エルサは自分から嵐をもっと吹き荒れろと、願っているのだ。

 

『レット・イット・ゴー』のスゴいところはは、一曲の中で悪堕ちを表現しているところ。

 

曲の始まりと終わりでは、こんなにもエルサに変化が起きている。

 

以上のことを踏まえて、字幕版の『レット・イット・ゴー』を見てほしい。

 

明らかにエルサが悪役に変身しているのだ。

 

つまり『アナ雪1』は、こんな話だったってこと。

  • エルサ…人間をやめるぞー
  • アナ…人間に戻って
  • エルサ…やっぱり人間に踏みとどまるよー

 

詳しくは、岡田斗司夫のアナ雪解説の動画を見てください。

 

『アナ雪2』がどんな話だったか

 

『アナ雪2』かなりすごい。かなり面白かった。さすがディズニーだなって感じ。

 

こうやって並べられるくらいの面白さがあるなーと。

  • アベンジャーズ
  • スターウォーズ
  • アナと雪の女王

エルサって、言ってしまえば、サノスだし、ダースベーダー。みんなもともとは、善良な心を持っているのだ。

 

真面目な人が世界に絶望すると、向かう方向性って、一緒なんだなーと。

 

『アナ雪1』で、エルサは悪堕ちしたが、アナのおかげて人間に戻ることができた。『アナ雪2』は、その続きの話。

 

物語の序盤でエルサが歌うメインテーマ『イントゥ・ジ・アンノウン』の歌詞が、『レリゴー』に続き、エルサの心情を捉えるのにピッタリの曲になっている。

 

 

どんな歌詞かというと…

 

「愛する人たちは、ここにいるの」=アナ、オラフ、クリストフと一緒に生活できる。

 

 

 

「危険を犯すこと、2度としない」=家族を危険に晒すような、危険な旅なんてしちゃいけないよね?

 

 

 

「未知の旅へー」=家族を捨てでも、私はルールに縛られたくない!

 

 

エルサは、なかなかヤバい。

 

『レリゴー』に続いて、かなりの名曲。やっぱり1度自由に生きることを知ってしまうと、ルールに縛られるのがバカバカしくなってしまうってこと。

 

『イントゥ・ジ・アンノウン』の歌詞の意味を踏まえた上で、『アナ雪2』を見るとどうなるのでしょう?

 

アナ雪2は、どういう話か

 

 

エルサ…やっぱり人間を辞めたいんだ、家族を危険に晒しても!

アナ…行かないで!でも…そこまで言うならしょうがないよね

エルサ…やっぱり人間関係なんていらなかった。私は人間をやめて、精霊になるんだ!

エルサのメンタリティは、ほとんどアメコミのヴィラン。それを気がつかれないように見せるってのが、ディズニーアニメのしびれるところ。

 

つまり『アナ雪』って、人間を辞めるのを1度踏みとどまった女性が、やっぱり人間を辞めちゃうってお話で、なんだか救いがない内容になっている…

 

分かりやすいように、アナ雪の話をバットマンに例えてみます。バットマンが、ジョーカーに手を差し伸べる(『バットマン キリングジョーク』で実際にあった場面)。

 

バットマン…「こんなこともうやめない?これから仲良くやっていける可能性あるよね?」

ジョーカー…「うーん、そうだね!」

ここまでアナ雪1

 

ここからアナ雪2

 

ジョーカー…「バットマンはいい奴だけど、社会のルールに縛られるのはゴメンだ!」

バットマン…「…」

ジョーカー…「俺は人間を辞めるぞー!!!」

これが「アナ雪」。なかなか過激なアニメだったなーと。『アナ雪』は、1と2で完成。むしろ『アナ雪1』は、前編ってこと。

 

アナ雪をスターウォーズに例えると…アナキンスカイウォーカーが1度ダースベーダーになった後に、やっぱりフォースに目覚めてジェダイに戻るけど、やっぱりシスでもジェダイにも馴染めなくて、出家するみたいな感じ。

 

こんな過激なテーマを『アナ雪』のパッケージでやっちゃうというのがスゴい。子供が見ても普通に楽しいけど、こんなテーマを入れちゃうっていう。

 

大葉
ディズニーの狂気を感じる作品の1つだなーと。見出る最中からゾクゾクしまくる映画だったなーと。

 

で、次に映画のラストにどんな意味があるのかを解説するよ。

 

なぜエルサは、妹の戴冠式にいないのか?

 

『アナ雪2』のラストで、アナは、アレンデールの王女になっていて、戴冠式(結婚式?)をしている。

 

しかしエルサは、そこには居ない。

 

なのでアナは、手紙をエルサに飛ばす。エルサは、アレンデール奥の森の中にいて、手紙を受け取り読む。手紙を読んだあと、エルサは、なぜかハートアランに向かっていく。アナの元に行くのではなく…

 

この一連のラストが何を表しているかというと、エルサは、人間の世界に全く未練がなくなってしまって精霊の世界の住人になってしまったってこと。

 

大事な妹の戴冠式ですら行かないのだ。

 

もしくは、王女をアナに継がせるために、国民には、自分は死んだといってあるから、戴冠式に行かなかったという可能性はあるだろうか?
いや、それもありえない。なぜなら、アナの送った手紙には、金曜日の夜にまたジェスチャーゲームをしようねって書いてあったからだ。

 

もし前女王が死んだという話を広めたなら、わざわざジェスチャーゲームのためにアレンデールを訪れるのは、リスクが大きい。

 

つまりエルサは、精霊になったあと、アレンデールという国と国民に興味がなくなったのだ。

 

結局「Let it go」=「どうにでもなってしまえ!」と歌っていたころメンタリティに戻ったとも言える。

 

まとめ 『アナ雪2』スゴい作品だよ

 

正直『アナ雪』舐めてましたね。『アナ雪1』の映画の見どころは『レリゴー』ぐらいで、他の部分は、あんまり。

 

もちろん歌は楽しいんだけど、映画としては、まぁまぁだった。

 

しかし『アナ雪2』は、スゴい。まさかディズニーアニメで『joker』見せられるなんて笑

 

大葉
『アナ雪2』は、かなり面白いので、見に行くことをオススメする!

 

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