「萌え」とは何か?〜オタクはなぜ美少女アニメを見るのか〜

  • 2020年2月4日
  • 2020年2月5日
  • 雑記

 

「萌え」は死語になりつつあるが、萌えアニメというジャンルは残っていますよね。

 

だいたい人気になるアニメには、可愛い女の子が出てきますし、デフォルメされた女子高生が出てくるアニメが今もなお多くあります。

 

昔は、萌えというのは、「モテないオタクが彼女が出来ないから、その代替として見ているんじゃないか」という指摘がありました。

 

しかし今や、アニメ好きで彼女や彼氏がいる人は少なくありません。つまり萌えが彼女の代替ではないのです。

 

じゃあ萌えって、なんでたくさん作られるんだろうなーと。その答えみたいなものが分かったので、解説していきます!

 

「萌え」を辞書でひいてみる

 

まず萌えについて解説する前に、萌えとは何なのか、定義を固めておきます。

 

萌えとは何なのでしょうか?

 

デジタル大辞泉によると…

ある物や人に対してもつ、一方的で強い愛着心・情熱・欲望などの気持ちをいう俗語。必ずしも恋愛感情を意味するものではない。

 

ということで、彼女の代替として萌えが発展したというのは、否定されています。

 

ただ強い愛着心・情熱・欲望を表す気持ちということであれば、単純に「好き」という単語を使えばいいわけです。しかし「好き」を使わずに「萌え」を使います。これには理由があるんじゃないかと。

 

というか、萌えって、「愛着心・情熱・欲望を表す気持ち」という意味だけだと、何であんなにデフォルメ女子高生アニメが量産されるのかを説明していません。

 

つまり「萌え」には、さらなる意味があるのです。

 

萌えの本質は、「ライ麦畑で捕まえて」で理解できる

 

大葉せんせいが萌えアニメ以外で「萌え」を感じたものがあります。それが「ライ麦畑でつかまえて」です。

 

「ライ麦畑でつかまえて」の「萌え」の秘密を特定することができれば、萌えが何か分かるんじゃないかと。

 

「ライ麦畑でつかまえて」は、J.Dサリンジャーによる小説で、多くの凶悪犯罪者が愛読書にしていた小説として知られています。あと「天気の子」でも主人公が愛読書にしていましたね。

 

「ライ麦畑でつかまえて」のあらすじを紹介します…ちょっと長いですが「萌え」を理解するためには必要な部分なので我慢してください!

 

16歳のホールデンは通っていた名門高校を、成績不振による放校処分となります。

 

はじめは、お世話になった先生のもとに行ったり、寮の仲間との時間を楽しもうとしたりしますが、周囲の人間の理不尽さにうんざりして、追い出される前にとっとと寮から出ていきます。

 

そして、ホールデンは自宅のあるニューヨークに戻ることになります。

 

しかし、せっかくホールデンを名門学校まで入れてくれた両親にあわせる顔がなく、家には戻らずにホテルを転々とする放浪生活を始めます。

 

ニューヨークは「インチキで汚い世界」でした。

 

その汚さと孤独に絶望しながらも、ホールデンはなお、「人が好き」という気持ちを捨てることができず、退廃した生活を送りながらも、心の中では他者を求め続けていました。

 

そしてホールデンは、妹に語ります。自分がなりたいのは、ライ麦畑で遊んでいる子どもたちが、崖から落ちそうになったときに捕まえてあげる、ライ麦畑のキャッチャーのようなものだと言う。

 

「とにかくね、僕にはね、広いライ麦の畑やなんかがあってさ、そこで小さな子供たちが、みんなでなんかのゲームをしているとこが目に見えるんだよ。

 

何千っていう子供たちがいるんだ。そしてあたりには誰もいない――誰もって大人はだよ――僕のほかにはね。

 

で、僕はあぶない崖のふちに立ってるんだ。僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ――つまり、子供たちは走ってるときにどこを通ってるかなんて見やしないだろう。そんなときに僕は、どっかから、さっととび出して行って、その子をつかまえてやらなきゃならないんだ。一日じゅう、それだけをやればいいんだな。

 

ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。馬鹿げてることは知ってるよ。でも、ほんとになりたいものといったら、それしかないね。馬鹿げてることは知ってるけどさ」

 

 

つまり主人公ホールデンは、この世界に嫌気がさしていた。大人は嫌な奴ばかりだし、理不尽なことが降りかかってくるし。しかしホールデンは「人間が好き」という気持ちを捨てきれなかったってことになります。そこで行き着いたのが、純真無垢な子供とだけ接していたいという思想でした。

 

これって、「萌え」と同じ考え方なのではないでしょうか?

 

少なくとも大葉せんせいは、この主人公ホールデンの気持ちを「萌え」だと思いました。

 

 

萌えとは何か?

 

「ライ麦畑でつかまえて」の主人公ホールデンが考えていたことが「萌え」の本質だとすると、なぜこんなに多くの萌えアニメが量産されているのかが分かります。

 

ホールデンの思想って、突飛ですが共感できる人も多いのではないでしょうか?

 

ホールデンは、社会の大人が嫌いです。嫌な奴だし、理不尽な存在だからです。しかし人間が嫌いなわけではないので、純真無垢な人間であれば接したいと思っています。

 

これってオタクにも共通することじゃなかと、オタクはどこか現実社会に生きづらさを感じている。しかし人間が嫌いなわけではないので、純真無垢な存在とだけ接していたいと感じるようになるのです。これが「萌え」なのです。

 

萌えアニメとは、ホールデンの言うライ麦畑で遊んでいる子供のような存在なのです。オタクは、純真無垢な人間を尊いと思うような感覚を「萌え」と表しているのです。

 

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ブログ月間5万PV「面白い考え方が身につく記事」をテーマにブログ更新中。記事の内容は、アニメ〜経済まで幅広く! テレビ局勤務。企業で働くことに疑問を持った25歳
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