【天気の子】新海誠監督の思想を考察してみた【君の名は】

大葉せんせい
大葉せんせい
どうもー大葉せんせいです。
大葉せんせいは、『君の名は』『天気の子』以前から、新海誠監督が好きです。

なので今回は、新海誠監督の思想を深く探っていくことで、もっと新海映画を楽しんじゃおうと。

 

大葉せんせいは、趣味で哲学の勉強をしているのですが、偶然気がつきました。

「新海誠監督の思想って、キルケゴールだ!」ってことに。

どういうことなのか解説していきますよ!

『君の名は』『天気の子』をより深く楽しみたい方は、ぜひ読んでくださいね。

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新海誠映画の特徴

君の名は。

新海誠監督のメジャー2作は、どんな特徴があるのでしょうか?

新海誠のメジャー映画、『君の名は』『天気の子』はどちらも、大災害の中の恋愛を描いています。

 

新海誠映画の特徴

大災害とは、人間の能力を超えた、どうしようもないほどの力を持っていますよね。絶望的なほどの力を。

そして、その中で恋愛を描くことで、少しの希望を見せる構造になっています。

新海映画の特徴を考えていたら、「あれ、こんな構造の哲学があったよなーと気づいてしまいした!」

大葉せんせい
大葉せんせい
あ、これ『死にいたる病』だ!

実は、新海誠監督の思想は、『死にいたる病』で解説できるのです。

 

じゃあ、その『死にいたる病』とは、どんな内容なのでしょうか?

キルケゴールの『死にいたる病』とは?

死に至る病 (講談社学術文庫)

キルケゴールが書いた『死にいたる病』とは、どんな内容なのでしょうか?

『死にいたる病』とは、病気のことではありません。

キルケゴールは、『死にいたる病』とは、絶望のことだと言っています。

 

「私、全然絶望していないしなー」と思った方。本当でしょうか?

 

みなさんは、こんなこと考えたことはないでしょうか?

「何者かになりたい!理想の私になりたい!何かをしなければいけない!」

多分全員が考えたことがありますよね。

 

ですが、理想の自分になれた人は、何人いるでしょうか?それは0人です。

なぜかというと、理想の自分とは、完全にパーフェクトな自分だから。

完全な自分とは何でしょうか?そんなもの、この世に存在するのでしょうか?

実は、完全なものなど、この世に存在しないのです。

 

例えば、“完全な球体”。

完全な球体は、接地面積が0になるので、浮いていることになります。

そんな“完全な球体”を頭では、思い浮かべることができます。

しかし実際には、浮いている球体なんて、ありませんよね笑。

この矛盾をキルケゴールは、絶望と読んでいます。

 

心では、“完全な自分”を目指しているのに、“完全な自分”には決してなることはできないのです…

理想の自分になりたいのに、絶対なれないなら、死にたくなるのも分かりますよね笑。

絶望に対する特効薬

キルケゴールは、そんな絶望しかない世界にも特効薬を用意してくれています。

その特効薬とは、可能性だとキルケゴールは言っています。

「どこかに完全な自分になる方法があるんじゃないか?」と可能性を提示されれば、人間は絶望に押しつぶされないのです。

 

完全な自分を作り出せる能力があるものとは、何でしょうか?

それは、全知全能の神様しかいませんよね。完全な球体も全能を持ってしか、作り出せません。

これがキルケゴールの著書『死にいたる病』の内容です。

実は『死にいたる病』が、新海誠監督の思想なのです!

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新海誠映画は、『死にいたる病』である

天気の子

キルケゴールの『死にいたる病』の内容は、新海誠映画と共通しているのです。

 

キルケゴールは、『死にいたる病』で、人間の内面には絶望が広がっていることを発見しました。

人間は、誰しも絶望を抱えて生きていると。

人類共通の悩みが、絶望なのです。

 

このキルケゴールがいう絶望を新海誠監督は、大災害として描いています。

大災害は、多くの人が巻き込まれる、避けようのない絶望ですからね。

 

そして、キルケゴールは、その絶望から救われるためにどうしたらいいのかを語っていて、それは可能性を信じることだとしています!

可能性とは、人生は絶望なんだけど、人生のどこかに救いはあるのかもしれないと考えること。抜け道があるのかもしれないと考えることです。

新海誠監督の映画では、可能性を恋愛で表現しています。

 

『死にいたる病』は、新海誠の映画の構造にも共通しているのです。

 

新海映画の『死にいたる病』置き換え部分
  • 絶望を大災害で。
  • 可能性を恋愛で。

 

世界は絶望に満ちているけど、どこかに救いはあるのかもしれない…その可能性を恋愛として描いているのが新海誠監督の映画なのです!

キルケゴールが書いた究極の可能性とは?

新海誠監督作品 君の名は。 公式ビジュアルガイド

可能性を信じることが、絶望から救われる唯一の方法だとキルケゴールは言いました。

しかし可能性なら、なんでもいいのかというと、ちょっと違います。

例えば、宝くじの1等が当たることと、コンビニで700円買ったら引けるクジが当たることの喜びは、同列ではないですよね。

 

キルケゴールは、最高の可能性についても言及しています。

どんな可能性があれば、絶望の中にも救いを見いだせるのか?

キルケゴールが言うに、最高の可能性とは、神様です!

 

つまり“神様=宗教”が、人間に最高の可能性を見せるのです。

じゃあ新海誠監督の映画では、最高の可能性をどうやって見せているでしょうか?

新海誠監督の映画の最高の可能性とは、タイムトリップだったり、晴れにする力のことです。

 

なんで新海誠監督が映画の中で、1つだけ奇跡と言えるような設定を描くのでしょうか?

それは、人知を超えた能力を描くことで、最高の奇跡を表現しているのです。

タイムトリップや晴れにすることは、神様じゃないとできませんからね。

【まとめ】新海誠監督は、映画で何がしたいのか?

新海誠監督作品 天気の子 公式ビジュアルガイド

新海誠監督は、何を表現したくて映画を作っているのでしょうか?

それはキルケゴールの哲学をひも解くことで、理解できます。

新海監督が、映画で表現したいこと

新海誠監督は、題材として大災害を選ぶことで、人間の内面にある絶望を描きました。

そして、恋愛を描くことで、人間の可能性を。

さらに奇跡を描くことによって、最高の可能性を表現しているのです。

新海誠監督は、『天気の子』のパフレットの中で、こんな話をしています。

「現代の日本は、貧困化していて、天気の子のヒロインである陽菜ちゃんのような境遇の人が多くいる」と。

天気の子の陽菜ちゃんは、悲劇的な境遇ですよね。陽菜ちゃんは中学生なのに、母親が亡くなって、弟と2人で生きていかなければいけない。

でも実際に陽菜ちゃんのような境遇の人は、現実にたくさんいます。

 

現実は、そんか絶望にあふれていて、映画を見る人の内面にも絶望があふれています。

そこに可能性を見せてあげようとするのが、新海誠監督の映画ではないでしょうか?

新海誠監督は、絶望から観客を救い出すことを使命として映画を作っているのです!

 

それでは、大葉せんせいでした。

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